Naitter【泣いた】

個人で決断。中居正広が被災地支援を事務所に言わず福島・熊本で行い続けている胸中

個人で決断。中居正広が被災地支援を事務所に言わず福島・熊本で行い続けている胸中

個人で決断。中居正広が被災地支援を事務所に言わず福島・熊本で行い続けている胸中


中居正広さんの“プライベート”での支援活動が明らかに

出典 http://www.jen-npo.org

支援を呼びかけられているSMAPを代表して、今回、リーダーの中居正広さんがプライベートで行い続けている被災地支援活動について紹介します。

4月22日放送の『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系列)では、熊本市在住の元マラソン選手・松野明美さんと電話を繋ぎ、「できる限りのことはさせていただきたいと思いますので」と声を掛けられていた中居正広さん。

24日には、熊本地震の被災者300人以上が避難している熊本市立長嶺小学校にて、お忍びで炊き出しの支援をされていました。お忍びというのは、SMAPの中居正広さんではなく、いち個人の“中居正広”として支援したいという気持ちがあったからでしょう。また、ただでさえ余震などが余儀なくされている中、人気スターのもとに多くの人が集まってしまっては混乱を招き、危険になりかねないことも、大々的にされていない理由ではないでしょうか。中居さんは「一切誰にも言わないでください」とお願いをされていたといいます。

炊き出しをいただいた女子が、Twitterで感謝を述べていた

長嶺小学校に

中居くん来てくれた。

ピラフ美味しかったです

ありがとうございました。

出典 https://twitter.com

実際に中居さんが作られたピラフ

出典 https://twitter.com

黒いニット帽にサングラス、マスク姿で素性を隠した上で中華鍋を振り、チャーハンを提供。炊き出し後には、被災者の疲れやエコノミークラス症候群を心配してか、マッサージチェア1台と電動足もみ器3台のほか、子供向けのおもちゃを贈呈した。

出典 http://www.nikkansports.com

出典 http://www.irasutoya.com

炊き出しだけではなく、避難生活を送る被災者の疲れやエコノミークラス症候群を心配して、少しでもリラックスができる器具を送られていた中居さん。また、子どもたちがちょっぴりでも前向きな気持ちになれるよう、おもちゃを贈呈されていたことも明らかになりました。

中村好郎校長(60)によると、中居が現れたのは正午すぎ。突然の来訪だったが、校長にだけはあいさつがあった。校長が「中居さんですね。なぜこちらに?」と問い掛けると、「何か、僕にできることがないかと思い、うかがいました」。中居は避難所内の混乱を気遣ってか「一切誰にも言わないでください」と言い残し、ラーメンとチャーハンの炊き出しを始めた。

校長は、中居のことを誰にも知らせなかった。しかし、チャーハンを提供しているうちに、声や輪郭などから、顔を隠してチャーハンを作っている人物が中居であることが“発覚”。気付いた被災者たちは、ツイッター上に画像とともに「ありがとう」と感謝のメッセージを次々と投稿した。

同校には988人の児童が通っているが、熊本地震後、授業はできておらず、地域の被災者の避難所となっている。中村校長は「子どもたちも喜び、マッサージ器は避難されている高齢の皆さんが喜んで使われています。遠いところまで来ていただき、ありがとうございました」と中居に感謝した。

出典 http://www.nikkansports.com

中学時代の盟友でもある「RIP SLYME」と一緒だった

出典 http://lanialii419.blog46.fc2.com

「Twitterに上がっている目撃情報などから、中居の炊き出しチームにはRIP SLYMEメンバーも参加していたとみられています。DJ FUMIYAとSU、PESに加え、中居が信頼している仕事仲間で、メガネのスタイリングを手掛けているM氏と、ヘアメークのY氏、地元の友人も同行していたようです。

中居とRIP SLYMEの関係は、DJ FUMIYA の兄・竹内一也氏が中居の中学時代の同級生で、SUは中学の後輩。そこにPESが加わった布陣です。また、M氏とY氏のそれぞれのブログには、中居の名前を出さずに炊き出しやボランティアのことがつづられています」(ジャニーズに詳しい記者)

出典 http://www.cyzowoman.com

中居正広さんといえば、“ジモピー”こと地元・湘南のお友達を生涯かけて大切にされていることでもお馴染み。年に1回のジモピーの方々との温泉旅行を楽しみに、1年間仕事に励んでいるとご本人も例えられているほどです。どれほど世界的スターになっても変わらず、やんちゃだった少年時代のお友達を大切にされているトコロも、ファンにはたまらないんですよね…。

あの5人組ヒップホップグループ「RIP SLYME」と中居さんは、実は中学時代からの仲。(ということは伝説の七夕事件@大庭トンネルもRIP SLYMEの皆さんはご存知なんですね…!)信頼できる方々と一緒に、被災地支援に向かわれたといいます。

多忙を極める中居さんや支援チームの皆さんだけに限られた時間での滞在になりますが、長嶺小学校以外に、被害が大きかったとされる熊本県益城町での目撃情報も出ていました。

東日本大震災の直後も、福島県で支援活動をされていた中居さん

出典 http://www.irasutoya.com

プロの料理人によるちゃんこ鍋、焼き鳥、ラーメンの炊き出しに加え、シュークリーム、フルーツ、お菓子など現地でいま求められている食料を事前にリサーチして大量に差し入れをした。また、子どもたちにはニンテンドーDSやラジコンなどのおもちゃ、大人にはタバコやマッサージチェアなどがプレゼントされ、避難所には久々に明るい笑顔が溢れたという。

出典 http://www.cyzowoman.com

この際も、お忍びで行かれていました。東日本大震災発生から4ヶ月ほどの間に4、5回訪れたことをこっそり明かされ、その後も長期的に支援に行かれているようです。

一般的になにを支援物資として届ければいいかではなく、「現地で今求められている支援物資を事前に調査すること」を徹底されていたといいます。多忙の中でも、オフの前日から都内の量販店などで買い出しを行い、早朝に都内を出発してロケバスと2トントラックで被災地へ向かわれていたそうです。

2011年、被災地入りをする前に“やるせなさ”を吐露

「オレ、いま友達とチームを作って、どこまで行けるかな? って調べてて。あっちで炊き出しっていうか、豚汁やカレーぐらいだったらオレにも、作れるんじゃないかなぁ? と思って。(中略)でもこんなふうに言ってても、結局まだ行ってないんですよ。結局行ってない。行かなきゃ意味がないなって思うんだけど。口でみんな『かわいそう』とか『何かしてあげたい』って言っててもね

出典『Some girl’ SMAP』2011年3月26日放送

「かわいそう」「なにかしたい」…そう思うことは簡単。そのやるせなさを中居さんはラジオという本音に近い場所でこぼされていました。

出典 http://www.gettyimages.co.jp

いい人だと思われんのもヤダし、いい人を装ってんじゃねぇよって言われんのもヤダ。でも今回の事態はもう、オレの自分の評価とかを考えてる場合じゃないなって。いい子ぶってると思われたとしても、少しでもやろうって人がひとりでもふたりでも増えたらいいなって

出典『Some girl’ SMAP』2011年3月26日放送

こういった想いを持ち、東日本大震災、4月に発生した熊本地震直後に被災地での支援活動をされていた中居正広さん。メディアで見せる、いつもひょうきんで天真爛漫な“中居くん”の神髄には、悲しみや苦しみの渦中にいる方々へ寄り添う慈悲深さ、行動を“し続ける”という信念が存在していました。

大々的ではなくお忍びで支援活動され続けているからこそ、中居さんの本心はあまり公になることはありません。ですが公言されていない心の底では、これほどまでの想いを抱えられています。それでもこれらの公になっていることは、ほんの一部に過ぎません。ひとりの人間として中居さんが懸命に取り組まれていることを私たちひとりひとりが“自分事”として考え、心を寄せ、行動に繋げていければと切に感じます。

この記事の締め括りに、2011年に「東日本大震災復興支援財団」の設立記者会見で中居正広さんが述べられていた心境を掲載させていただきます。

出典 http://www.gettyimages.co.jp

僕自身も被災地のほうには(2011年7月25日の段階で)4回、5回今まで行ってですね、炊き出しをしたり…これもあまり公にしたことがないので…ジャニーズ事務所に内緒で行ったものでして、あまり言うと怒られると思うんですけども…

行くことによって感じることというのが毎回ありまして、なにが本当に必要なのか、なにが一番困っているのかということを、各方々からいろいろ話を伺ったりもしますし、そうするとやっぱり自分の心も動かされます。

そして被災地の中で、まだ瓦礫の山のところ、海の近くを拝見させていただきましたけれども、それでやっぱり僕も心が動き、まだまだ自分がやらなければいけないことは自分で探さなければ…待ってても誰も指示してくれないこともありますから、自分で探さなければならないんじゃないかなと思います。

今後もお休みがあったら…ああいう場面を目の当たりにすると、動かなければならないんだなという衝動にもなりました。

今後もやっぱり先ほども申し上げたように、意識し続けることというんですかね、孫さん、王さんがこうやって呼びかけることによってまた誰かの心が動き、僕がこういう活動をすることでまた誰かが、心が動いてくれることを少しでも願っております。

出典東日本大震災復興支援財団 設立記者会見 http://www.ustream.tv/recorded/16234165