Naitter【泣いた】

チャップリンは超イケメンだった!名言と意外な一面

チャップリンは超イケメンだった!名言と意外な一面

チャップリンは超イケメンだった!名言と意外な一面


ちょび髭と山高帽でお馴染みの「喜劇王」チャーリー・チャップリン(本名:チャールズ・スペンサー・チャップリン)は1889年4月16日生まれ

映画で有名なこの「放浪者チャーリー」の姿は、実は即興で着替えた衣装だったのです。

1914年、まだ駆け出しの役者だったチャップリンは、映画プロデューサー「マック・セネット」に”とにかく面白い格好をしろ!”と要求され、楽屋にあった窮屈な上着、ダブダブのズボン、どた靴、ステッキとハットを即座に身につけ、次の仕事を獲得したのです。

この姿、実は子供の頃に貧困を経験した事によって出来上がったと言われています。なぜチャップリンはそのような子供時代を過ごしたのでしょう…

We think too much and feel too little.
私たちは考えてばかりでほとんど感じとることをしない。

出典 http://english-talk-with.me

チャップリンの才能は「母譲り」

 

チャップリンは、舞台役者の両親と兄の4人家族でしたが、1歳の頃に両親が離婚。以後は母親のハンナ・チャップリンが劇場で歌手をしながら兄のシドニーと弟のチャーリーを育てます。

ところが、1894年、母親ハンナは舞台で喉をつぶし罵声を浴びせられ舞台から引っ込まざるを得なくなりました。その時、支配人がいつも楽屋で大人を笑わせている息子のチャーリーに目をつけ彼を舞台に上げ大喝采を受けます。

皮肉にもこれが、喜劇王チャーリー・チャップリンの「初舞台」だったのです。

人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ。
Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot.

出典 http://meigen-ijin.com

「左利き」のチャップリンが苦労したこと

出典 http://www.amazon.co.jp

母親が舞台に立てなくなったことで一家は貧困を極め、チャップリンは兄と共に、床屋、印刷工、新聞売りなど様々な仕事をして食いつないでいました。

映画で有名なあの「どた靴」は、雪の降る日に自分にピッタリの靴がなく、母親の靴を履いていたことがベースとなっているそうです。

その後、チャップリンはアメリカに渡り、少しずつ実力を発揮し自ら映画を作るようになりますが、撮影は業界随一の完璧主義者と言われるほどで、同じシーンに100テイク以上かけたと言われています。

また、映画のBGMの作曲はもちろん、自らヴァイオリンやチェロを演奏しました。チャップリンは左利きだったため、チェロの演奏家としての夢が果たせなかったのを、映画という手段で実現したのです。

下を向いていたら、虹を見つけることは出来ないよ。
You’ll never find a rainbow if you’re looking down.

出典 http://meigen-ijin.com

チャップリンの「優しさ」はセリフになって…

苦労続きのチャップリンでしたが、自分自身が幼いころに貧困を経験したため、常に弱い立場の人の味方でした。

そしてとても”愛情深い性格”で、結婚は事実婚を含めて4回。それぞれのパートナーには苦労をさせられたようですが、当時の映画業界の中では、派手な女性関係(遊び)ということではなかったようです。

チャップリンの人々への優しさは、名画「独裁者」のラストシーンの演説にあらわれています。

約6分という長いシーンですが、セリフとは思えない演説は、当時の社会情勢を考えても、発言するのは勇気が必要だったと思われます。

映画『独裁者』ラストシーンの演説

出典 YouTube

演説後、愛するハンナへの言葉が優しくて素敵なのです

4月16日誕生日の著名人はチャップリンの他に、タレントの伊奈かっぺいさんや、ミュージシャンのなぎら健壱さんなど、マルチで芸達者な方が多いようですね。