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Jenni’s journey

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ジェニーは高校に通う普通の16歳でした。彼女には最近ネイザンというボーイフレンドが出来、それはそれは楽しい毎日だったようです。しかしボーイフレンドが出来てから2週間ほどたった頃、激しい頭痛に悩まされるようになりました。
ジェニーは母親に連れられ地元の病院へ行くと、なんと脳内に直径2㎝の腫瘍が見つかったのです。そして大きい病院で検査するよう言われ、遠く離れたソルトレイクシティーにある大きな病院でMRI検査を受けました。そこに写ったのは当初の見解よりも大きい腫瘍でした。

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それから5日後、詳しい検査結果が伝えられたのですが…脳内の腫瘍は悪性でしかも3つもあったのです。更に脊柱にも転移していて、そこにも3つ見られたそう。
ジェニーは冷静に医師にこう尋ねたそう『私死ぬの?』
医師から返ってきた返事は良いものではなく『治療をしたとしても2年生存率は30%』だと言われたのです。しかしジェニーは泣いたり取り乱したりすることはなかったといいます。

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ジェニーはすぐに癌の治療に専念することとなりました。学校へも行けないジェニーはいつもベッドの上でボーイフレンドであるネイザンとお喋りすることが楽しみでした。ネイザンは常にジェニーを気遣いそばにいてくれたそうです。
それから約5ヶ月がたった頃、ジェニーの体内に変化が訪れます。なんと大きかった腫瘍が小さくなったのです。治療が効いているようでした。
しかし肩まであった髪の毛は抜け落ちてしまっていました。それでもネイザンは常にジェニーを支え続けました。学校や近所では“ジェニーは癌になった!ネイザンはジェニーにつきっきりだ”と噂話が飛び交うようになったそうです。それでも2人は気にしませんでした。
そしてそんな時、もうひとつジェニーの体に変化が起きたのです。嘔吐することが増え、お腹の痛みを訴えるようになったのです。受診した結果は“妊娠”でした。10週目でした。
普通なら手放しで喜ぶような状況ですがそうもいかず…ガンを患っている16歳の少女には厳しい現実が待っていたのです。
赤ちゃんの命か自分の命か…
たった16歳のジェニーに迫られた選択肢は2つ“中絶をして治療を続ける”か“治療を中断して妊娠を続ける”かでした。妊娠を続けるということは、ジェニーの死を意味します。
しかし、ずっとずっと母になりたかったジェニーにとって、選択肢は1つだったのです。そう、妊娠を続けることでした。

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腫瘍が小さくなってきたこともあり、きっと大丈夫だとジェニーも家族も思っていたそうです。出産を終えてからまた治療に入れば、良くなっていくものだと誰もが信じていたといいます。
妊娠が進むにつれ、お腹の赤ちゃんが男の子だと判明しました。チャド・マイケルと名付けられました。順調に妊娠生活は進み、いよいよ出産の時がきました。

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ジェニーは頑張りました!元気で健康な男の子チャド・マイケルが誕生したのです。
ジェニーは助産婦さんの手を取り言いました『任務完了。やり遂げたわ』

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6日間の入院の後、ジェニーはチャドと共に退院しました。チャドと自宅へ帰りたかったのです。ジェニーは日に日に弱っていきました。

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そしてチャドが生まれてから12日後、ジェニーはチャドを腕の中に抱きしめたまま帰らぬ人となったのです。
目も開けず弱ったジェニーは手探りでチャドを撫で、感じながら『チャド、あなたが目に浮かぶようだわ』という言葉を最期に眠る様に旅立たれたそうです。

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ジェニーの勇気と我が子への愛は素晴らしいものです。亡くなられた時には17歳になっていたそうですが、それでも17歳。ここまで母性って強くなるものなんですね。

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チャドは、父親であるネイザンが親権を持ち、ジェニーの母親が育てているそうです。天国からジェニーに見守られ、すくすく元気に成長してくれることでしょう。この計り知れない母の愛は、これからもチャドを守ってくれることと思います。

