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最近ではバラエティでも活躍するはいだしょうこさん。『おかあさんといっしょ』の“うたのおねえさん”として子どもたちから絶大な人気を集めていたことでも知られています。
いまでこそ、そのキャラクターが愛されているはいださんですが、“うたのおねえさん”に選ばれたのはなぜなのでしょうか…?
音楽一家で育つ

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父は前国立音楽大学准教授で、現ミュージカルアカデミー ドリーム学院長、国際ディオ協会会員、立川市地域文化振興財団評議委員の拝田正機。母は声楽家で、ミュージカルアカデミー ドリーム声楽コース講師。
姉は薬剤師で、はいだ曰く「歌う薬剤師」で、はいだのソロCDにコーラスで参加したり、コンサートにゲスト参加したこともあり、はいだのブログにもたびたび登場している。
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はいだしょうこさんの音楽とのつながりは、家族からの影響だったんですね。薬剤師のお姉さんも本業とは別で音楽に携わっているので、家族全員音楽を愛しているのが感じられます。
幼少期

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父の仕事の都合で幼少期の2年間はニューヨークで過ごす。その間、3歳の時にニューヨーク在住の日本人の子供を集めて歌を歌うというテレビ局の企画で人生初のテレビ出演を果たす。桐朋学園小学校在籍時には「全国童謡コンクール」でグランプリ賞受賞
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幼い頃から音楽とともに成長してきたはいださん。その才能を発揮していきました。9歳の頃から作曲家の中田喜直さんに師事し音楽を学び、「中田喜直の最後の愛弟子」と言われていました。
宝塚歌劇入団

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高校2年生の時に2度目の受験で宝塚音楽学校に合格。1998年に音楽学校を卒業後『千琴ひめか』の芸名で宝塚歌劇団に入団(84期)
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はいださんのルーツでもある宝塚歌劇団。宝塚音楽学校卒業時には「オペラ部門主席/ポピュラー部門最優秀歌唱受賞」を受賞しています。
2001年には星組公演『ベルサイユのばら2001』で、通常最低でも6年目以上でないと務められないとされるエトワールを異例の入団3年目で務めた。2002年秋、宝塚歌劇団を退団。
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『おかあさんといっしょ』の第19代目うたのおねえさんに選ばれる

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その後、2003年4月7日から2008年3月28日までの5年間、NHKの未就園児向け番組『おかあさんといっしょ』の第19代目うたのおねえさんとして活躍した。宝塚歌劇団出身のうたのおねえさんは第8代目の森晴美以来となる歴代2人目。
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これがきっかけで、はいださんは「たくさんの子供達に自分の名前を覚えてもらいたい」と芸名を「ひらがな」にしたそうです。
なぜ、はいださんが選ばれたのか?

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「うたのおねえさん」のオーディションは、宝塚歌劇団を退団した直後に童謡歌手時代に共演した女性歌手から、『うたのおねえさんのオーディションが今行われている』と言う話を聞いて受験した。
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最終選考では、はいださんを含めて6人残ったそうなのですが、受験者が控室で次の選考に向けて準備をしている際、ある受験者が課題の歌の歌い方を他の受験者に聞いて回ったのだそう。
このとき、他の受験者は自分の練習を優先させましたが、はいださんだけは自分の練習を止めて、この受験者の歌の練習に付き合ったそうです。
実はこの歌い方を聞き回っていた受験者は審査員であり、受験者の対応をチェックしていたんだという噂があります。
これが決め手となって、はいださんがうたのおねえさんに選ばれました。確かに子どもと一緒に番組をやるうえで、面倒見の良さや思いやりは欠かせない要素かもしれませんよね。
しかし、過酷な日々が待っていた

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バラエティ番組「ジョブチューン~アノ職業のヒミツぶっちゃけます!」に出演した時のこと。倍率600倍という超難関の職業に就いたはいださんが当時のことを振り返っています。
うたのおねえさんに抜擢されたはいだだったが、最初の3カ月で1000曲もの歌を覚えることになったという。はいだは「1日10曲から12曲レッスンがあって、覚えて…」と話し、放送までの練習の日々を明かしている。
さらに、放送開始後のスケジュールもハードで「月、火、水で収録があって、木曜日が次の週のリハーサルで。金曜日が歌の録音があって、土日で地方に(『おかあさんといっしょ』の)コンサートに行く」と、一週間休みなく仕事を続けていたというのだ。
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この過酷なスケジュールにもちろん体調を崩すときもありました。はいださんは「だからもう…薬まみれでした」と告白。共演者を驚かせていました。さらに病院に行って子供達に気づかれた時も、イメージを崩さないように、体調が悪くても対応していたんだとか…。
「恋愛禁止」「海外旅行禁止」「車の運転禁止」そして「どんなに体調が悪くても“いつも元気”に振る舞う」という立場だったことを語っている。それでも彼女が5年間も続けられたのは宝塚時代の経験があったからだろう。
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“うたのおねえさん”のイメージを崩さないようにここまで徹底されていたなんて…。驚きです!
また、収録中には、さまざまなハプニングもあったそうです。
相手が子どもゆえのハプニングも多々!

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『おかあさんといっしょ』は、子どもたちが飽きないように、30分カットなしで撮影をしていたそう。
ある日の収録では、“しょうこおねえさん”が歌っている時に小さな男の子が隣に座っていた。「本番中に、その男の子が私の服を一枚ずつめくってきた」と彼女は当時を振り返る。撮り直しがきかないので「されるがまま」歌い続けた。
ある時は、最後におねえさんたちが腕でトンネルを作って子どもたちがそこをくぐる場面で、「ずっと私の胸を揉んでいる子どもがいたんです」と明かす。これも、撮り直しはせずにそのままオンエアされたという。
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当時、ネットでも話題になりましたが、このようなハプニングもはいださんのおおらかさでカバーされていました。
絵の下手さが話題に

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“うたのおねえさん”として、美しい歌声で子どもたちだけでなく、お母さんたちの心もつかんだはいださんですが、弱点もありました…!
佐藤弘道からは「子供を黙らせる絵を描かせたら日本一」と評された。さらに両親からも「人前で絵を見せることだけはするな」と釘を刺されていたが、結局仕事上で描かざるを得なくなった
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これが本物のスプーです。
その後レギュラーとなった「笑っていいとも!」でも絵を披露していましたが、みんなを驚かせていましたね。“うたのおねえさん”らしからぬ絵心でネットを震撼させました。
しかし、そのイラストがうけ、なんとLINEスタンプを作成するまでに!
LINEスタンプも発売し話題に

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うたのおねえさん時代に披露したことがきっかけで、今ではさまざまな場所でイラストを描いてきたはいださん。なんと今年の12月4日にはLINEスタンプも発売しました。

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はいだしょうこさんはほわほわしていて優しいイメージそのままでしたね!音楽一家に生まれて宝塚に入団し、うたのおねえさんに転身。
まさに順風満帆の人生のようですが、苦労もありました。歌だけではなくいろんな方面で活躍しているはいださんをこれからも注目していきたいですね!

