Naitter【泣いた】

「歌さん、頼む」桂歌丸が満身創痍になりながらも守った先代・円楽との約束に涙

「歌さん、頼む」桂歌丸が満身創痍になりながらも守った先代・円楽との約束に涙

「歌さん、頼む」桂歌丸が満身創痍になりながらも守った先代・円楽との約束に涙


放送開始から今年で50周年を迎える国民的お笑い番組「笑点」老若男女問わず、誰もが見知っている番組ではないでしょうか。

そんな笑点の放送開始からただ一人、オリジナルメンバーとして出演し続けている桂歌丸師匠が、番組を降板することを発表しました。

回答者時代も、司会者になってからも多くの人に愛されている歌丸師匠の勇退は、視聴者のみならず出演者全員に大きな衝撃を与えています。

初登場は29歳の時でした…

出典 http://www.yomiuri.co.jp

歌丸師匠は、第一回の放送からずっとレギュラーとして出演し続けていました。

途中昭和44年4月6日から11月9日まで、当時の司会者であった七代目立川談志師匠と、レギュラーメンバーの対立で降板していた時期と、病気療養のために休演していた時期を除き、半世紀もの間回答者として、司会者として活躍しているのです。

半世紀番組が続くこともすごいですが、出演し続けることも同じくらいすごいことではないでしょうか。多くの人に愛されているからこそ、近年は病気療養による休演の度に大きく報道されていました。

また歌丸師匠だけではなく、林家こん平師匠、林家木久扇師匠が病に倒れたこと、出演者全体の平均年齢も上がってきていることから、番組では“ある対策”を講じていることを三遊亭円楽師匠が明かしています。

2年前から…

出典 https://www.facebook.com

実は『笑点』の舞台袖には2年前から常に看護師が待機しているということ。その理由は、メンバーも高齢で、いつ倒れても救護できるようという配慮からだ。

またディレクターやAD全員がAEDの講習を受け救急救命のライセンスを取っており、去年の秋からは出演者に、健康保険証の写しとお薬手帳の提出を義務づけているのだそうだ。

出典 http://news.aol.jp

4月15日に放送されたフジテレビ系列の『ダウンタウンなうSP』で明かされたことですが、スタッフ全員がAEDの講習を受け、救急救命のライセンスまで取得するというのはなかなかないことですよね…。

それだけ出演者である各師匠のことを、番組側が大切に考えているとも言えます。

ところで今回の勇退について正式発表の直前に、歌丸師匠はこんなことを話していました。

「そろそろ考える時期」

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「これは内緒なんですが、そろそろ考える時期にきているんじゃないかなという気がしてます」と引き際を意識していることを告白した。

出典 http://www.oricon.co.jp

正式発表の数日前のこと、NHKスペシャルに出演した際に歌丸師匠は勇退を匂わせる発言をしていたのです。

この発言を受けて真っ先に歌丸師匠を引きとめたのは、自身も咽頭がんで休演したことのある木久扇師匠でした。

「自分で区切りをつけちゃいけない」

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「新聞を読んでびっくりしたんですけど、私が思うのは自分で区切りをつけちゃいけないと思うんですよ。自分で役のおしまいとか決めちゃいけませんよ。まだお元気なんですよ。体の中に電池入れてでも動いてれば歌丸ですから。ロボットでもなんでもいいんですよ。居れば」

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噺家の命である声を失うかもしれない、それ以前に命すらなくなるかもしれない咽頭がんを克服し、高座に帰って来た木久扇師匠は、同じように病気療養で番組を離れることが多かった歌丸師匠のことをとても心配していたのです。

ご高齢とはいえ、歌丸師匠があっての笑点と思うからこそ、「直接話す」とも言っていました。しかし、もう歌丸師匠の中では勇退が決まっていたのですね…。

2006年と2012年に腰部脊柱管狭窄症の手術、2009年には肺気腫(後に慢性閉塞性肺疾患と診断)、2010年には肺炎で入院、2014年には慢性閉塞性肺疾患が悪化し入院、一時退院するも帯状疱疹で再入院、2015年は背部褥瘡の手術を受け、入退院を繰り返していました。

毎週出演しているように思えますが、歌丸師匠は収録に極力支障が出ないように、スケジュールを調整しながら療養していたのです。

まさに満身創痍…それでも勇退せずに続けたのは、五代目・三遊亭円楽師匠との約束でした。

「歌さん、頼む」の一言で歌丸師匠が背負ったもの

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思い出すのは、先代の(三遊亭)円楽さんの具合が悪くなって、『歌さん、頼む』といわれたときです。

これは、私の頭から生涯離れないと思います。『歌さん、頼む』『分かった』、と。

この円楽さんの、『頼む』という言葉は、『笑点』だけではないと思っています。(落語界全体など)ありとあらゆるものを頼む、という意味でおっしゃったのだと思っています。

それで、司会を引き受けさせてもらいました。それが一番の思い出です。

出典 http://www.sankei.com

歌丸師匠にとって、先代円楽師匠は金曜夜席の時代から笑点に出演した同期であり、盟友です。

落語家の出演する番組で最も有名なのは、やはり「笑点」その司会を任されるということは、番組だけではなく落語界の一端を担うことになる…歌丸師匠はそう理解し、身を賭してその役目を果たして来ました。

もっと司会を続けて欲しい、という気持ちは多くの人が持っているでしょうが、先述した病気の数々を知ると我々の想像以上に無理をしてきたように思え、胸が痛みます。

「落語家を辞めるわけじゃない」

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今回勇退を決断した理由と、今後の自身の活動について歌丸師匠は次のように話しています。

「つまり、とにかく、体です。体力の限界です。笑点の司会をやめるだけで、別に落語家をやめるわけではなりません。落語は、まだまだ覚えたい噺がたくさんあります。落語は、みんなに負けていられません」

出典 http://www.sankei.com

肺気腫を患ったことで、現在は歩くだけでも息切れがするとも仰っていました。しかし、落語家としての活動は続けると明言しているので、歌丸師匠の高座は今後も見ることができます。

また、勇退後は終身名誉司会への就任、笑点の直前に放送されるコーナー「もう笑点」には引き続き出演することが決定しています。

おわりに

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今年は歌丸師匠が噺家になって65年、笑点の放送開始から50周年、そしてご自身も80歳を迎える節目の年だと仰っていました。

盟友との約束を全力で守り続ける姿は、生ける伝説と言っても過言ではありません。歌丸師匠の最後の笑点出演は、5月22日の生放送(予定)です。


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