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海外で報じられる「日本人の奇妙な血液型信仰」。実は独特の文化で、強迫観念?

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「血液型と性格に関連性はなく、科学的根拠がない」と何度科学者らが発表しても、聞く耳を持たずに今も信じられている血液型による性格分類。これは日本独特の文化であり、海外では、日本人の強迫観念であるとすら報じている。いわゆる信仰のような扱いだ。

自分の性格を的確に理解している人などそういないだろうから、「あなたはこうである」と言われたら、そうだと思い込むだろうし、逆に言われたとおりの人格に自分を押し込めることだって可能だ。

人を判断するにも、レッテルを張れば理解した気にもなれるだろう。

だがそれはあくまでも後付けあり、本質を理解するのには弊害となる。海外サイトでは、日本の血液型信仰に関する記事が度々特集されている。

以下の文章は、海外サイトに特集された記事を抄訳したものだ。

日本の血液型信仰の歴史

血液型でその人の性格を特徴づけるといった考えは日本では1920年代後半くらいからあった。

数秘学や占星術など科学的にはまったく根拠がない人格理論は昔から存在したが、血液型で性格を分類するという考えは、この分野を新たなこだわりのレベルに移行させたといえる。

仕事や恋愛など自分の人生を決めるのに、血液型を深刻にとらえる人が出てきたのだ。

日本で、血液型の理論が一般的になったのは、心理学者の古川竹二による1927年の論文「血液型による気質の研究」がきっかけだ。

古川は女子校の教務部で勤務しているとき、学生のグループによって性格に違いがあるのに気づいた。

その個性とA、B、O、ABの血液型との関係を指摘したが、当時の日本の科学者たちは懐疑的で、今日でも科学者らは、血液型と性格にはなんの関係もないと見ている人がほとんどだ。

亜細亜大学の教授で、血液型に関する著作もある前川輝光は、2012年に血液型によって人を差別するブラッドタイプ・ハラスメント(ブラハラ)に光を当てた。

少数派であるABやBはある種の職場では否定的に受け取られることがある。これらの血液型は自己中心的で変わり者である、他人に配慮がないだとか、後ろ向きといったレッテルを貼られている。

血液型による性格分類という考え方はずっとあったが、1970年代にジャーナリストの能見正比古が、『血液型人間学』という血液型と性格についての一般向けの本を出して、ブームに火がついた。

たちまち、血液型と性格の関係は、占星術と同様、日本のニューエージカルチャーになった。

今日でもなお、血液型と性格論関係の本は売れている。2009年のA、B、O、AB各血液型ごとの本は、職業選びから恋愛まで、血液型によってどんな運命が待っているのかを網羅していて、ベストセラーになった。

フェイスブックのプロフィール欄から、日本の俳優のウィキペディアのページまで、血液型についてふれていないものはないといっていい。

日本の合コンパーティでは血液型を重視して、長くつきあうのに不向きな性格を排除しようとさえしているのかもしれない。

もっともよく知られている血液型別性格は次のとおり。

A型はまじめで感受性豊かだが、頑固で気性の激しい農耕家、ABは理性的で冷静な人情家だが、扱いの難しい二重人格者、O型は楽天的だが、鈍感な戦士、B型はワイルドで情熱的だが、無責任でわがままな手に負えない遊牧民、といったところだ。

こうした分類法は度を超すと、生活全般が血液型の泥沼にはまり込んでしまう可能性がある。こだわるあまり、職場や恋愛での人間関係を血液型だけで最初から判断してしまったりする。

世界に広がる血液型信仰

血液型信仰は日本から韓国、台湾へと伝わりすでに大人気となっている。さらにねじれた形で広がりを見せた。

アメリカでも流行り始めていて、血液型別ダイエット、エクササイズなんかが登場した。O型の人はもっとタンパク質を食べよとか、A型はエアロビクスは避けろとか、まことしやかに言われているのだ。

血液型による性格テストはもちろん、黄道十二宮をベースにした星占いと血液型をミックスした占いサイトも登場し、血液型別出会い系サイトなんてのもある。

血液型性格分類に科学的根拠がないとされるにもかかわらず、時として当たっているように感じる理由は、心理学用語でいう「確証バイアス」によるものだ。

例えば、「A型は几帳面」という思い込みがあると、A型の人が几帳面に行動する場面ばかりに目が向くようになり、A型の人がいいかげんな行動をする場面があっても「めずらしい」の一言で済ませてしまう。

というわけで、会話を盛り上げるために楽しむ分には良いが、それで人を差別するようなことがあってはならない。血液型は自分で選択できないのだから。

また、あまり血液型を過信しすぎると、そこにつけこんでお金儲けの材料にされかねないので注意が必要だ。


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